JCQについて

目次

1.JCQとは

2.職業性ストレスの理論モデルとJCQ 

3.JCQの尺度構成 

4.日本語版JCQの信頼性および妥当性

5.JCQを使用した研究の動向 

6.JCQの職場での応用 

7.他の職業性ストレス調査票との比較 

8.JCQの使用条件

9.文献


1. JCQとは?

 Job Content Questionnaire (JCQ)は、標準化された職業性ストレスの測定法としてKarasek (1985)により開発された質問票である。現在、全世界に246のJCQユーザーがおり、94の調査研究プロジェクトに使用されている。わが国でも少なくとも13の調査研究に使用されている。

2.職業性ストレスの理論モデルとJCQ

 職業性ストレスの要素は、ストレスの要因(原因またはストレッサー)、ストレス反応、健康影響、修飾要因に区別されるJCQは、このうち職場環境に起因する職業性ストレスの要因を測定する調査票である。さらに職業性ストレス要因の測定法には、@専門家の観察による評定、A質問票(または面接)による対象者の自己評価、B職業分類による方法があるが、信頼性の高さ、調査の容易さ、個人レベルでのストレス要因の同定の点からAの質問票による方法が最もよく利用されている。しかし、研究ごとに使用する尺度が異なる、また信頼性や妥当性の検討を経ていない尺度が多いことから、職業性ストレス要因を測定する標準化された調査票が望まれていた。これに対して、JCQは、多くの研究者や実践家が共通して使用することが可能な標準的な質問票として開発された。

 特に、JCQは、職業性ストレスの理論的モデルのうち、仕事の要求度−コントロールモデル(Job demands-control model、以下JD-Cモデルと略す)に基づいた質問票である。Karasekは、作業負荷の健康影響が職種によって大きく異なることに注目し、仕事のコントロールが作業負荷の影響を修飾する可能性を指摘した。この結果提唱されたのが、JD-Cモデルである。仕事の要求度とは、量的負担、役割ストレスなど作業に関わる種々のストレス要因を総合したものである。一方、仕事のコントロール(あるいは裁量の自由度)は、仕事上の技能の水準と決定権とを合わせたものとして定義される。JD-Cモデルにおいては、作業の特性は仕事の要求度および仕事のコントロールの高低により4つに分類される。高い仕事の要求度と低いコントロールにより特徴づけられるグループは「高ストレイン(high strain)」群と呼ばれる。このグループでは、心理的なストレス反応が高くなるとされる。JD-Cモデルに基づいて実施された15の研究のうち13においてJD-Cモデルが心血管障害と有意に関係していた。JD-Cモデルはこの他、心血管障害の危険因子(血圧、喫煙など)とも関連することが報告されている。JohnsonとHallは、JD-Cモデルに、職場における社会的支援の要因を加え、「要求度−コントロール−社会的支援モデル」(Demand-control-support model、以下D-C-Sモデルと略す)を提案した。このモデルでは、仕事の要求度が高く、コントロールが低く、かつ社会的支援の少ない場合に最もストレスや健康障害が発生しやすくなるとされる。D-C-Sモデルによって予測されるように仕事の要求度、低いコントロールおよび低い社会的サポートの群において特に虚血性心疾患の有病率および死亡率が高いことが報告されている。JCQは要求度、コントロールに加えて、上司および同僚からの社会的支援の尺度を含んでおり、D-C-Sモデルによる職業性ストレスの評価にも対応している。

3.JCQの尺度構成

 JCQ全体では100項目以上にわたり種々のストレス要因の尺度が含まれているが、Karasekはこのうち45項目を「推奨項目」として基本的な職業性ストレス要因の測定に使用している。この45項目によって測定できる主要な職業性ストレス要因を表1に示した。JD-CモデルおよびD-C-Sモデルに対応した、仕事の要求度、コントロール、社会的支援の尺度の他、作業の身体的負荷や作業姿勢による負荷に関する「身体的負荷」、仕事あるいは雇用がどの程度不安定で変動しやすいかを測定する「仕事の不安定さ」および職場やその他の所属グループとしての裁量権や影響力の大きさを測定する「集団コントロール」の尺度が含まれている。推奨版45項目には含まれていないが、近年、KarasekはJCQに「世界貿易によるストレス」に関する3項目を追加し、世界的な貿易競争のための仕事の要求度の増大、コントロールの低下および仕事の不安定さを測定することを提案している。

 仕事の要求度−コントロールモデルの検証に用いられた最初の尺度は、Karasekが米国のQuality of Employment Survey の調査票の項目から因子分析に基づいて作成したものであった。JCQの尺度のうち、仕事の要求度に関する5項目の尺度と、仕事のコントロールに関する9項目の尺度は、この最初の尺度の質問項目を若干改変して作成されている。また仕事の要求度および仕事コントロールの推奨版の尺度は、これに同時期に実施されたスウェーデンの全国調査の質問項目を加えて作成されている。

 JD-CモデルあるいはD-C-Sモデルに基づいた職業性のストレス要因を測定するためには、最低限JCQの最小構成である22項目を使用すれば、仕事の要求度、コントロール、上司および同僚からの支援の4尺度を測定できる(表1)。推奨版の45項目を使用した場合でも、30項目でこの4尺度を測定できる。JCQはこのように少ない項目で理論モデルに基づいた主要な職業性ストレスの要因を測定できる点に利点がある。

4.日本語版JCQの信頼性および妥当性

 日本語版JCQは、Kawakami et al.(1995)によって翻訳され、原語(英語)への逆翻訳をバイリンガルの日本人および米国人、Prof. Karasekが確認しさらに修正を加えて完成された。日本語版JCQ尺度のうち、現在までに信頼性が検討されているものを表2に示す。仕事の要求度、コントロールの尺度の信頼性係数は中等度であったが、これは米国での調査における値とほぼ同等であった。仕事の要求度の推奨版の尺度(9項目)は、より項目数の少ない仕事の要求度尺度よりもやや信頼性が低かった。これは、うち1項目が信頼性を低下させる方向に働いているためであり、現在この尺度自体に問題があるのか、訳語の問題かについて検討が進められているところである。一方、上司および同僚からの社会的支援の尺度の信頼性係数は十分に高かった。各尺度の因子分析の結果、第1因子が項目の分散の大部分を説明しており、各尺度が単一の概念を測定している可能性が示された(因子的妥当性)。職業別の尺度得点の比較および年齢、経験年数、残業時間と尺度得点との相関係数も理論的な予測あるいは米国での調査結果とほぼ一致していた(構成概念妥当性)。また日本語版JCQ尺度の各尺度の平均得点は米国での平均得点とほぼ一致しており、国際比較に利用可能な尺度であると思われた。

表1 JCQ主要尺度のクロンバックα信頼性係数

尺度名 最小版(22項目) 推奨版(45項目)
  項目数 信頼性係数 項目数 信頼性係数
仕事の要求度 5 0.61〜0.74 9 0.66〜0.69
仕事のコントロール 9 0.68〜0.84 10  
上司の支援 4 0.87〜0.90 5  
同僚の支援 4 0.66〜0.76 6  
身体的労作 5 0.67〜0.88    
* 各要因に対して項目数の異なる尺度が何種類か用意されている。信頼性係数は、現在公表されているもの

-: 信頼性係数が未報告.

5.JCQを使用した研究の動向

 これまでに実施された研究での主要な知見は、仕事の要求度が高くコントロールの低い群(高ストレス群)では抑うつ症状得点が高い、仕事の要求度が高い群では血清プラスミノーゲンアクチベータ活性が低い、コントロールの低い群では helper-inducer T cellの数が低下することが報告されている。JCQを使用した国内の研究報告は日本産業衛生学会をはじめとして、増加している。現在進行中の調査研究としては、ヨーロッパ共同体では合計6万人の勤労者を対象としてJCQを使用した大規模長期コホート研究を実施している(代表:Prof. Kornitzer, ブリュッセル自由大学)。わが国でも、JCQを用いた勤労者3万人以上に対するコホート研究のベースライン調査が実施されつつある。

6.JCQの職場での応用

 JCQは職場環境に起因する職業性ストレス要因を評価する調査票である。このためJCQは、@職業性ストレス要因が健康に及ぼす影響の疫学的な調査研究、A事業所の中での職業性ストレス要因の分布を職場別に比較するなどの、ストレスの実態把握(サーベイランス)に使用できる。Bまた実態調査結果に基づいて職場環境を改善した場合にどの程度職業性ストレス要因が減少したかなど、ストレス対策の評価にも利用可能である。JCQは個人単位での職業性ストレスの評価や高ストレス者のスクリーニングには不向きと考えられるが、職業性ストレスに関する健康教育などにおいて自分の作業の特徴を認識するためのチェックリストしても使用できると思われる。

7.他の職業性ストレス調査票との比較

 わが国で使用可能な標準化された職業性ストレスの調査票は多くない。MONICA Psychosocial Optional Studyの Extended karasasek尺度日本語版、米国職業安全保健研究所(NIOSH)職業性ストレス調査票日本語版があげられる(表2)。Extended Karasek 尺度の要求度およびコントロールの尺度はJCQとほぼ同一である。しかし職場の社会的支援の尺度の信頼性および内容妥当性に問題がある。NIOSH職業性ストレス調査票は高い信頼性と妥当性を持ち、JCQよりも多くの側面(16尺度)を包括的に測定できるが、各尺度の項目数が多いため使用は簡便ではない。一方、JCQにおける尺度のうち、仕事の要求度やコントロールの尺度には、概念的に少しづつ異なったストレス要因の項目が含まれている。このため信頼性係数が中等度である。また特殊な職種では信頼性係数が低下することも観察されている。信頼性の低い場合には測定精度が低下するため、注意が必要である。

表2 主な職業性ストレス調査票の尺度構成の比較

JCQ NIOSH職業性ストレス調査票 MONICA Extended Karasek尺度
仕事の要求度(5/9)

仕事のコントロール(9/10)

集団のコントロール(8)

身体的労作(5)

仕事の不安定さ(6)

社会的支援:

上司(4/5)

同僚(4/6)

世界貿易の影響(3)

量的労働負荷(11)

労働負荷の変動(3)

仕事のコントロール(16)

技能の低活用(3)

認知的要求(5)

社会的支援:

上司(4)、同僚(4)、家族・友人(4)

雇用機会(3)

人々への責任(4)

役割葛藤(8)

役割曖昧さ(6)

仕事の将来不明確(4)

グループ内対人葛藤(8)

グループ間対人葛藤(8)

物理環境(10)

仕事の要求度(5)

仕事のコントロール(6)

社会的支援(5)

8.JCQの使用条件

 現在のところ、JCQセンター(マサチューセッツ大学、代表:Prof. Karasek)はJCQの使用にあたっての条件として、@ユーザー登録を行なうこと、A100名以上の調査では、調査後にJCQ部分のデータをJCQセンターに提供することを義務づけている。また1996年以降は、750名〜5千名の対象者に対するJCQの使用に対して1部あたり1米ドル、5千名を越えて合計2万名までの超過分は1部0.65米ドル、2万名を越えての超過分は1部0.40米ドルの使用料金をJCQセンターに支払うこととなった。ただし、749名以下の対象者に対する使用および大学院生の使用については使用料は徴収しないことになっている。これらの使用料は、JCQ暫定委員会(JCQ Interim Board)の検討の上で、JCQセンターのユーザーサービスの事務経費や次世代JCQの開発のために使用される予定である。

9.おわりに

 JCQは国際的に使用可能で、かつ簡便な職業性ストレス要因の標準化された測定方法である。ある程度大きな調査研究に対しては使用料などの制約もあるが、その有用性は高い。わが国の勤労者に、仕事の要求度−コントロールモデルが適応可能かどうかはまだ不明である。職業性ストレスの調査研究、モニタリングおよび対策に有用な調査票として、JCQは今後さらに利用されると思われる。

文献

1) Karasek, R.: Job Content Questionnaire and User's Guide. University of Massachusetts at Lowell, Lowell, 1985.

2) 荒記俊一,川上憲人:職場ストレスの健康管理, 産業医学, 35, 88-97, 1993.

3) 川上憲人、下光輝一、岩根久夫:仕事の要求度およびコントロール,桃生寛和、早野順一郎、保坂 隆、木村一博:タイプA行動パターン, pp. 197-203, 星和書店, 東京, 1993.

4) Karasek, RA.: Job demand, job decisionlatitude, and mental strain: implications for job redesign, Adm Sci Quart, 24, 285-308, 1979.

5) Karasek, R. and Theorell, T.: Healthy work, Basic Books, New York, 1990.

6) Schnall, P.L. and Landsbergis, P.A.: Job strain and cardiovascular disease, Ann Rev Public Health, 15, 318-411, 1994.

7) Johnson, J.V. and Hall, E.M.: Job strain, work place social support, and cardiovascular disease: A cross-sectional study of a random sample of the Swedish working population, Am J Public Health, 78, 1336-1342, 1988.

8) Kawakami, N., Kobayashi, F., Araki, S., Haratani, T., Furui, H.: Assessment of job stress dimensions based on the Job Demands-Control model of employees of telecommunication and electric power companies in Japan: reliability and validity of the Japanese version of Job Content Questionnaire, Int J Behav Med, 2, 358-375, 1995.

9) Kawakami, N. and Fujigaki, Y.: Reliability and validity of the Japanese version of Job Content Questionnaire: replication and extension in computer company employees, Ind Health, 34, 295-306, 1996.

10) 渡邊美寿津,小林章雄,古井 景,赤松康弘,渡辺丈眞,堀部 博:職場ストレスと抑うつ症状の縦断的検討.産業衛生学雑誌, 37 (suppl.), S386, 1995.

11) Ishizaki, M., Tsuritani, I., Noborisaka, Y., Yamada, Y., Tabata, M., Nakagawa, H.: Relationship between job stress and plasma fibrinolytic activity in male Japanese workers, Int Arch Occup Environ Health, 68, 315-320, 1996.

12) Kawakami N, Tanigawa T, Araki S, Nakai A, Sakurai S, Yokoyama K, Morita Y: Effects of job strain on helper-inducer and suppressor-inducer T cells in Japanese industrial workers. Psychother Psychosom 66: 192-198, 1997

13) 上畑鉄之丞(代表):日本の産業労働者のストレスと健康総合調査報告−その1初年度調査結果, ストレスと健康総合調査研究班, 東京, 1991.

14) Hurrell, J.J. and McLaney, M.A.: Exposure to job stress - A new psychometric instrument, Scand J Work Environ Health, 14 (suppl. 1), 27-28, 1988.

15) 原谷隆史,川上憲人,荒記俊一:日本語版NIOSH職業性ストレス調査票の信頼性および妥当性, 産業医学, 35(臨時増刊), S214, 1993.

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